料理人を通して見る、知る 食の世界「キュイジニエ・オンライン」 CUISINIER ONLINE

    Feature特集

    インタビュー logy 田原諒悟 Vol.1 今の自分をつくるもの(2/2)

    2018年11月、台北にオープンしたレストランlogy(ロジー)。シェフの田原さんに、スーシェフ時代の考えや自身に影響を与えたものについて伺いました。

    PHOTO: CUISINIER編集部

    田原――うーん、ここのお店がオープンする時に、川手シェフは、そんなに……たぶん僕がいろいろな制約に縛られるとやりづらくなるから、あんまりものを言わなかったんです。どういうふうにお店を作っていけよとか。でも、自分のやり方でやったほうがいいんじゃない、とは言われました。「俺が付き合いをできない人とも付き合えるだろうし、逆に、俺が付き合いのある人たちと付き合わなくてもいい。自分に合う形で人脈を形成していったり、プロモーションをしたり、自分のやり方でやっていったら」とだけ言われました。

    だから、川手シェフの知り合いの方に連絡をとったりするのも、僕から連絡してしまっていいか一応聞くんですけど、「もう全部、やっちゃいな」って。僕がどうしても連絡すらとれない人には声かけてあげるから、とにかく自分からやってみなって。

    その時とは関係ない話ですけど、ミシュランにも自分でメールを送ったりするんですよ、川手シェフ。来てくださいって。

    編集部――えっ、そうなんですか?

    田原――そんな人、初めて聞いたんで(笑)。旧店の時に、ミシュランの本に書いてあるメールアドレスに「フロリレージュです。今度食べに来てください」ってメール送ったらしいんですよ。「送っちゃえよ、俺送ってたよ」みたいなこと言われて、僕は送ってないですけど……すっげえなこの人、そんなの初めて聞いたと思って。

    編集部――(笑)すごいですね。でも、待っていることの美徳って、もしかしたらないかもしれないですね。

    田原――はい、自分からいかないと。だから、料理だけじゃなくて、全部、いろいろなものを学んでいるというか。

    編集部――そうやってlogyさんが始まったんですね。

    田原――そうです。だから、自分らしくやらせてもらっていると思いますけど、うーん、今自分らしい感じはけっこうフロリレージュで作られているし、もちろんその前の経験もあるけど、考え方が固まってきたのは、フロリレージュで働いてきた経験がけっこう大きい。いろんなシェフたちとも会わせてもらったし、海外のシェフとも、会うことがないような人たちとも会ったりしたし。経験という意味では、フロリレージュで考えさせられて今の自分になっていることがたくさんあります。

    • コラボレーションイベントより(上からヘルトン・ヤン、ジャニス・ウォン)

    そもそもイタリア料理をずっとやっていて、フレンチに変わった、というかフロリレージュに入ったのも、いつも自問自答していたことなんですけど……クセなんですけどね。「本当にこのままこれでいいの?」「この状態で次何やるの?」ってつねに考えていて。

    イタリアに行った時は、イタリアに行くことしか考えていなくて、その先のことを全く考えてなかったんですよ。周りの人たちは日本に帰ったらシェフになるみたいな流れがあって、でも、それで芽が出るようには僕は思えなくて。イタリアに行って、なんとなくできるようになって、イタリア人にもほめられて。それで勘違いして、たとえば3年分のレシピだけ抱えて日本に帰っても、3年分しか出てこないんで。お店(料理人)は20年とかそれ以上とかやっていくわけじゃないですか。何にもならないですよ。そう考えていたから、「技術や知識では俺は戦えない、やれない、やられる」っていう思いがあって転向したので。

    編集部――以前、日本のレストランでイタリア料理を作り続けることは考えなかったと伺いました。現地での、日常の料理としての美味しさが好きだったからとお話しされていましたね。

    田原――そうですね。あとはフランスに行ってレストランで食べたりした時に、「やっぱ違うなー」って。アストランスに行った時も思いました。

    編集部――アストランスでは何が印象的でしたか?

    田原――フロリレージュで働いていたときと同じ感じです。働く前だったからそれとは関係なく感じたんですけど、全部、いろいろなフレーバーとかがあるんです。和っぽいとか、ちょっと東南アジアっぽい香りとか。もちろんフレンチのテイストもあるし、きれいな感じもあるし。パスカル・バルボ自身が世界中に行っているので、いろいろなところの料理を知っているんですよね。だから、料理に反映されているんですけど、落としどころが全部フランス料理なんですよ。びっくりするぐらい。それを食べながら感じて、この人すごいなっていうか、こういう料理があるんだって。トマトとか、ボンゴレのアサリもそうだけど、イタリア料理でイメージがつくものだけ使ってイタリア料理として表現するのって当然で、それが普通だと思っていたけど、フランス料理って形があるはずなのに、全く違うものを使ってもフランス料理に落とし込めるんだと思って。

    僕、イタリアンでそれできるかな? って思ったんですよ。できないなって。だから、「ダメだ…フランス料理だ…やっぱりそうなんだ…ダメだ俺は…」と(笑)。

    編集部――(笑)そこに魅力を感じたんですね。

    田原――はい。避けてきてたけど。

    編集部――どうしてですか?

    田原――イタリア料理が好きな人ってイタリアが好きで、イタリア最高だと思っている人も多いと思うんですけど、そういう意味で避けていたかもしれないです。イタリア料理の、素材にフォーカスした重ねない美味しさみたいなものが、そのほうが好きだと思っていましたから。

    編集部――他のものを、味だけでなく情報でも何でも、入れないほうがいいと思っていたということですか?

    田原――イタリア料理では料理としての捉え方でそのほうがいいと思っていたから、重ねる料理はなんとなく否定しがちだったんです。「いや、入れすぎだろ」とか、「こんなに(味の)厚みいらないだろう。このカブの味しなくなっちゃうよ」とか。

    編集部――フランス料理を否定する感じですね。

    田原――(苦笑)はい。というふうになりがちだと思うんです。イタリアンをやっていると。僕、自分がそうなっていくのが嫌だったんですよ、実は。

    編集部――そうなってしまうかもしれないのがですか?

    田原――うーん、そうなっていました。でも、それだと全然幅が広がっていかないなって。料理人として。自由度も低いし。だから……、その自由度を感じたというか。その、アストランスに行ったときに。空間は、三つ星にしてはカジュアルな感じなんです。もちろんソムリエとかはスーツを着てビシッとしているけど、でも居心地がよくて、お店全体の作り方として自由度が高いけど洗練されていて、フランス料理に落とし込まれて。総合的に全部、インパクト、ショックを受けました。そこで日本に帰ろうって決心して。イタリアにずっと住んでようって思っていたんですけど、その3泊4日の旅で、「ああ、帰ろう」と思いました。

    編集部――すごいですね、アストランス。

    田原――それから日本に帰るまで1年くらいかかりましたけど。先輩との約束で働きに行ったりして。でも、その後はすぐに帰ってきました。だから、すごいですよフランス。一人の料理人の人生を簡単に変えてしまう。ワンディナーで。それがレストラン。

    編集部――それで、フロリレージュさんに決められたんですね。

    田原――そうです。さっき言ったように、東京でこれから世界にいくようなレストランがいいと思って……ある人、東京の料理人の人たちと知り合いだっていう人がいて、たまたまイタリアに来ていたんです。僕が「東京で一番いけているレストランってどこですか」って聞いたら「このお店が勢いがあるよ」っていろいろピックアップしてくれて。フレンチのお店って全然知らなかったんですけど、ネットとかで全部チェックして、「もう、フロリレージュしかないな。ここ以外、やだ」と思って。

    編集部――ちなみに、フランス料理をやろうと思って、なぜ日本に帰ろうと思ったのですか?

    田原――海外でやるのは嫌でしたね。というか、東京でも、ゼロから始めるのは嫌だったんです。自分も料理を作る経験はあるわけじゃないですか。12、13年でしたけど。でもクラシックなフレンチに入ると本当にゼロからになってしまうから、イノベーティブにしようと思っていたんですよ。自分が今まで培ってきた経験も、もしかしたら使ってもらえるかもしれないところ。だから、タイミングが合ったんですよね。川手シェフも、イタリアンをやってると言ったら「おっ、いいね」って感じでしたし。

    フランス(アストランス)に行ってまたゼロからまるまるフレンチを勉強したいと思ったわけじゃなくて、「あ、こういう料理もあるんだ、フランス料理の中に」って感動したということなので。だから、自由度が高そうなレストランで、勢いがあって、加えて、提示したいこと、やりたいことが明確なところ。

    編集部――それでお店に入られて、スーシェフになられて3年を過ごされたということでしたが、その間に、フランス料理というものを、イノベーティブかもしれないけれど、得ることはできましたか?

    田原――フランス料理としての考え方ですかね。僕、それまでフレンチのシェフと働いたことがなかったので、全部が新しいわけですよ。イノベーティブとは言っても、フレンチのシェフの考え方のレストランだから。その……最っ高に楽しかったです。

    編集部――知らないことばかりだからですか?

    田原――はい。それに、全然考え方が違うから。

    編集部――たとえばどんなことでしょうか?

    田原――やっぱり、複雑みとか、重ね方とか。「えっ、こんなことやっていいの!?」みたいな。

    編集部――(笑)あ、イタリアンだと逆にやっちゃダメみたいなことが、できるのですね。

    田原――「こんなことやっていいの? 俺もやりたい!」みたいな(笑)。フランス料理を勉強するというよりも、フランス料理的な考え方として、川手シェフが……川手シェフも、今はもしかしたらフランス料理というものにもう一回戻そうとしているかもしれないですけど、フランス料理的な考え方で料理を作っていくということが僕のアイデアにまったくなかったので。……形じゃないんです。レシピでもないんだけれども、考え方を勉強した。

    だから、もちろん、ソースを作ったり、フォンをとったり、ジュをとったりするのは、ずーっとフレンチをやっている人たちのほうが経験があるから最高に美味しいと思います。なんですけど、お店それぞれレシピが違って作り方も違いますよね? それぞれ好きな作り方でソースを作っている。野菜を入れないでフォンを作っても、みんなが認めるフレンチと言われるレストランもあるじゃないですか。だから、フォンだ、ジュだとかのとり方とか、そういうことよりも、フランス料理としての考え方とか、僕と全く違うこととかを体感できたというのが大きい。僕はその料理は作れないけど、今までやってきていた料理にもう少し厚みを加えることができたり、「これやっていいんだ」っていうことに挑戦したりする、一歩踏み出せるきっかけになりました。

    編集部――「僕はその料理は作れない」というのは?

    田原――やっぱり経験がないので。フレンチだけやってきた人と比べられないし、逆にイタリアンでやってきた経験があるから、そっちを使ったほうがいいものが出る。無理しないほうがいいと言うか、背伸びしてアップデートしようとしても、ずっと積み重ねてきた人に失礼だし、あんまりそういうことはしたくない。小手先みたいになってしまうから、できる限り勉強して、できる範囲でやる。能力以上とか、経験以上のもの、勉強した以外のものはやっぱり出ないですからね。よくわからないものを作る人になってしまうから。

    編集部――自分に必要なものを吸収していく、という感じだったんですね。

     

    Vol.1 Fin.

     

    「Vol.2 食材の力を借りない料理」に続きます。