料理人を通して見る、知る 食の世界「キュイジニエ・オンライン」 CUISINIER ONLINE

    Feature特集

    Mirazur マウロ・コラグレコシェフが見た 日本産食材の可能性

    イタリアとの国境にほど近い南仏の港町マントンで、一軒家レストラン「ミラズール」を手がけるシェフ、マウロ・コラグレコさん。昨年12月、7年ぶりに来日して日本の食材に触れ、それを調理して自身の世界観を表現するまでの過程について伺いました。

    <プロフィール>

    Mauro Colagreco

    1976年生まれ、アルゼンチン出身。イタリアにルーツを持つ家族のもとで育ち、2001年に渡仏。フランス南西部ラ・ロシェルの料理学校を経て、故ベルナール・ロワゾー、アラン・パッサール、アラン・デュカス、ギィ・マルタンといった錚々たるシェフのもとで研鑽を積む。2006年、ミラズールをオープン。開店6ヶ月後、フランスのレストランガイド「ゴ・エ・ミヨ」で「レヴェレーション・オブ・ザ・イヤー」を受賞。2019年1月、フランス版「ミシュラン2019」で二ツ星から三ツ星に昇格。6月、2019年版「世界のベストレストラン50」でフランス初の1位を獲得。11月、2020年版「世界のベストシェフ100」で世界一に選ばれた。2017年に出版した著書「Mirazur」は、レシピ本に留まらず、漁師や農家、市場といった地域のコミュニティの紹介や、地元の植物のカタログなどが収録されている。

    PHOTO: CUISINIER編集部 INTERVIEW&TEXT:Shifumy(江藤詩文)

    “シェフという生き物”が持つ未知の食材への好奇心

    江藤――東京へようこそ。7年ぶりの来日を楽しみにされていましたね。現在のマウロさんは、料理学会やフードカンファレンス、デモンストレーション、コラボレーションなど、世界各国から引っ張りダコ。ご自身も、これまで培った知識や経験を、世界の人たちに惜しげもなくシェアする活動にアクティブです。そんな忙しい合い間を縫って、来日を決めたモチベーションは何でしょうか。

     

    マウロさん(以下、敬称略)――忙しくしているうちに時間が過ぎ、やっと日本に戻って来ることができました。来日を決めた理由はたくさんあります。

    まずは、世界最高峰の料理のひとつである「日本料理」を本場で味わうこと。今回は「すきやばし次郎」で、小野二郎さんご自身に握っていただくという貴重な経験をすることができました。

    それから、これは東京についてですが、世界のガストロノミーがここに集まり、それぞれハイレベルな料理を提供して、お互いに研鑽している。これだけ世界各国の料理を楽しめる都市は、世界でも他にないでしょう。ここからガストロノミーの今のトレンドや未来の潮流を見ることができます。たとえば、友人でもあるトーマス・フレベルがシェフを務める「イヌア」は、コペンハーゲンの「ノーマ」の手法を用いながら、日本でしかつくれない未来の味を創造していました。

    江藤――他に「はっこく」や「NARISAWA(ナリサワ)」「フロリレージュ」、さらには京都へも1泊2日で足を延ばすなど、短い滞在ながら精力的に活動していましたね。

    マウロ――そうですね。世界のどこかに知らない料理があるなら、どこへでも飛んで行ってそれを食べてみたいし、まだ見ぬ食材があるなら、それを自分らしく調理してみたい。これは僕だけではなく、料理をなりわいとする人なら、誰でも持っている欲望だと思います。今の時代、多くのシェフが旅をするでしょう(※)。シェフというのは好奇心の塊なのです。何と言うのかな…、生まれながらに持っているシェフの本能でしょうか(笑)。

    ※取材は2019年12月

    世界最高品質と称賛される日本の食材に出合い、それを調理するプロジェクトに参加する。それが来日を決めた最大の動機です。

    本拠地マントンと日本の食材の共通点とは

    江藤――2019年4月から2020年1月にかけて東京・日本橋で開催された「COOK JAPAN PROJECT(クック ジャパン プロジェクト)」ですね。マウロさんの友人も含めて、世界のトップシェフ33名が来日しました。

    このプロジェクトで、期間限定のコース料理を構成するために、日本の食材を使うことになったわけですが、あらためて日本の食材を見つめると、どんな発見がありましたか。

    マウロ――僕のホームグラウンドであるマントンは、小さな日本のようだと感じました。どちらも自然に恵まれていて、海と大地、山や森があるでしょう。海からは新鮮なシーフード、大地からは肉や野菜、穀物、卵、山や森からはジビエやきのこ、はちみつなど、豊かな食材を得ることができます。

    また、マントンは“レモンの街”と呼ばれる柑橘類の名産地です。レモンのほかオレンジや、皮が薄くてフルーティーなもの、グレープフルーツより大きくて皮と実の間の白いワタが多いものなど、たくさんの種類があります。日本にも、いまや世界中でポピュラーになったゆずのほか、かぼすやすだちなど、日本でしか味わえない柑橘類がありますね。これらを食べ比べして、味を確認することができたのも印象深い体験です。

    日本では、とりわけ日本料理の世界では、食材には72もの季節(二十四節気七十二候)があるとされていますね。マントンには、さすがに72はありませんが(笑)、季節ごとにはっきりとした表情があり、恵まれる食材も季節の移ろいによって変化しています。

    江藤――なるほど。マウロさんはマントンで、地元の漁師や農家、市場に集まる生産者たちを「ファミリー」と呼ぶほど深い信頼関係を築いてコミュニティを作り上げ、自身が納得するクオリティの食材を提供してもらっています。また、レストランには、ダイニングの何倍も広いオーガニックファームが併設され、そこには専属のスタッフがいて、新しい品種の野菜の栽培に挑戦したり、ハーブや野菜を管理して、摘みたての新鮮なものを徒歩1分のキッチンに運んだりしています。先程、日本の食材は世界最高品質と言いましたが、マントンでは日本と同等か、それ以上のものが手に入るのではないでしょうか。

    マントンと日本の食材や気候風土が似ているのであれば、マントンで創り上げたミラズールのレシピを、日本で応用するのは簡単だったのでしょうか。

    マウロ――日本の食材の特長を最大限に引き出した上で、フランス料理の技術をベースに、ミラズールらしさをどう表現していくか。そこが、今回配慮した最大のポイントでした。

    確かにミラズールは、地元の方たちのおかげで、とびきりの食材が手に入ります。たとえばミラズールのシグネチャーディッシュのひとつに、オイスターがあります。これは、目の前の海で育った牡蠣をエシャロットのクリームにのせ、海水をイメージした透明な洋梨のソースと水滴をモチーフにしたタピオカに合わせて、自家菜園から摘んできた香りがよい薄紫色の小さなルリジサの花を散らしたもので、牡蠣の持つミネラルやクリーミーな食感をストレートに味わっていただくひと皿です。

    江藤――それ、ミラズールで味わいました。まるでアートのように完成度が高く、食べてしまうのがもったいないような美しいひと皿でした。日本では兵庫県の牡蠣を使い、よりさっぱりと酸味を強く仕上げていましたね。こちらも印象に残りました。

    マントンと日本を融合した、ここでしか味わえないひと皿

    マウロ――ありがとうございます。海そのもののミネラルの影響かもしれませんが、マントンのオイスターと日本の牡蠣は、風味は異なりますが、どちらも最高のクオリティ。マントンのものも、けして日本のそれに引けを取りません。野菜やフルーツも同様です。

    また、シーフードにおいては、マントンの漁師も、深海魚から小魚、エビ、ウニまで、新鮮な魚介をバリエーション豊富に届けてくれます。ただ、なかでも白身魚や貝類のいくつかは、まだ日本には及ばないと、今回の訪問で認識しました。豊洲市場の水産卸売場を見学して、これは漁師個人の差ではなく、仲買いや物流といった流通システムのすべてにおいて、フランスと日本での差が影響しているのではないかと感じました。

    いろいろな体験から得た知見と、僕なりに考えた日本人の味の好みをかけ合わせて、今回のメニューを構成しました。たとえば、僕は今回13皿の料理をお出ししましたが、どの料理が一番好みに合いましたか?

    江藤――「薔薇の花をかたどったヒラスズキ、柑橘と野菜のブイヨン」です。「サシミクオリティー」という言葉がいまや世界共通で使われるほど鮮度のよい日本のヒラスズキの刺し身を、フランス料理の技術でマリネして、フランス料理らしく美しく盛り付けていました。柑橘類の酸味のレイヤードは、マントンのほんのり香る潮風を思い出させてくれるようでした。

    マウロ――それは嬉しい。というのも僕が解釈した「日本人好みの味」をもっとも表現できたと思うのが、このひと皿だからです。刺し身を食べ慣れた日本人に、上質な白身魚であるヒラスズキを加熱せずに出すからには、フレンチとアジアを掛け合わせようと、カフィアライム(こぶみかんの葉)のフレーバーでマリネしました。切り身の花びらの間には、オレンジとグレープフルーツを忍ばせてマントンをイメージさせると同時に、ソースにはかぼすなど日本の柑橘を加えて、酸味をリンクさせています。カフィアライムの香りは、柑橘類と相性がいいのもポイントです。ソースの隠し味には、しょう油のうま味も加えました。日本の方にとっては、ポン酢のようで食べやすかったのではないでしょうか。コースを構成するうえで、すべてが目新しく刺激的なものを揃えるのではなく、食べるうえでのリズムというか、全体の流れも大切にしています。

    江藤――今回のコースの中に、マントンとは違う風味があったり、扱うのが難しかったりした食材を使ったメニューはありますか。

    マウロ――「塩釜で焼いたビーツ 生クリームとクリスタルキャビアのソース」です。この料理のメインはビーツ。ミラズールで使っているのは、自家菜園や契約農家で、2年から3年の時間をかけてゆっくりと育てた大きなもので、実がぎっしりと詰まって食感は固く、土の滋養の風味がします。これを塩釜で数時間かけてじっくりと焼き、スライスしてクリームとキャビアだけをのせた一品は、シグネチャーディッシュのひとつです。塩や他の調味料は一切使わず、キャビアの持つ天然の塩味だけで味を整えます。

    日本でもこのメニューをお出ししたのですが、日本のビーツはサラダでも食べられるようなシャキシャキした食感とみずみずしさがあります。その代わり、根菜特有のエグミのような土の味わいは、あまり持っていません。これはどちらがいいというものではなく、それぞれの土地に合った野菜ができるということ。このメニューはミラズールのレシピをそのまま再現するのではなく、日本のビーツに合わせた調整が必要でした。

    料理はよりパーソナルな個人的体験に帰着する

    江藤――マントンのミラズール、マカオでの限定ポップアップ、そして今回の東京と、これまで3回マウロさんの料理を体験する機会を得ました。マカオでは、ファインダイニングは何かといったところまで、わかりやすく伝えていたと思います。

    マウロさんは、アジア、ヨーロッパ、南米と世界各国を飛び回っています。今回の東京も、アメリカでのイベントを終えたその足でいらっしゃいました。すでに忙しいのに、どうしてこういったイベントに熱心に取り組むのですか。

    マウロ――僕は、こういったイベントには、3つの意義があると考えています。

    今回で言うと、ひとつは、南フランスまでなかなか足を運んでいただけない日本のお客様に、マントンの食文化とミラズールをご紹介すること。ミラズールのシグネチャーメニューをご用意したのは、日本にいながらミラズールを感じていただきたいからです。

    ふたつめは、日本のお客様が食べ慣れていると思っているかもしれない食材や調理法を、外からの視点を加えて再構築することで、新しい魅力や価値を発見していただくこと。

    3つめは、新しい未知な食材や料理と出合うことで、それが刺激になり、自分の料理に影響するなど、自分自身をアップデートできる可能性があることです。

    いま、時代は変化していて、料理はパーソナリティに基づくものへと進化しています。たとえば僕は、イタリアにルーツがありますが、アルゼンチンで生まれて、祖母の作るアルゼンチンの家庭料理を食べて育ちました。南米はその歴史から、スペインの食文化の影響も受けています。フランスでは、数々のシェフと仕事をしました、ミラズールは南仏ですが、その立地からイタリアの影響も深い土地柄です。こんな僕がつくる料理は、「フランス料理の枠を超えている」と言われることもあります。

    僕自身が体験をアップデートして、それを料理に反映することで、お客様は「マウロの料理を食べたい」と、マントンまで旅をしてくれるのだと思います。

    そういった意味で、日本での経験は大きな刺激になりました。東京のようにすごいスピードで変化する都市で、7年のブランクは大きかったと感じています。今度はもっと近いうちに、また日本で料理を作りたいですね。

    江藤――ぜひいつでもいらしてください。お待ちしています。

    Mirazur

    https://www.mirazur.fr/

    30 avenue Aristide Briand 06500 Menton

    ランチ12:15〜14:00、ディナー19:15〜22:00
    冬季休業・不定休

    予約に関する問い合わせ先:
    TEL +33 4 92 41 86 86 (受付時間 9:00〜11:30、15:00〜18:30)
    MAIL reservation@mirazur.fr