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    Feature特集

    富山県 氷見 Vol.1

    朝晩の冷え込みが厳しくなりはじめる11月の下旬、日本有数の寒ブリの水揚げ地として知られる富山県の氷見を、六本木「ル スプートニク」のシェフ髙橋雄二郎さんと訪ねました。氷見は富山市の北西、能登半島のつけ根にあります。今回は東京から北陸新幹線に乗り、新高岡・高岡駅経由で氷見線に乗り替えて終点まで向かいました。

    PHOTO: CUISINIER編集部

    取材初日、午前10時前の氷見線はすいていて、席を好きに選ぶことができました。高岡を出てしばらくは、住宅地や太いパイプを張りめぐらせた工場地帯を通りぬけていきます。駅をいくつかすぎたところで視界がパッとひらけました。

    富山湾です。氷見線は、海岸線を走っていました。海面にそびえる大きな岩が、ひとつ、ふたつ、現れては遠ざかっていきます。右手にその姿を追いかけると、先ほど通りぬけてきた工場の煙突が、湾をはさんで小さく見えていました。気象条件が合えば、その後ろに立山連峰が姿をあらわすそうです。

    円柱状に冷やし固めたオパリーヌ

    この日、空には低く厚い雲が連なり、遠くにわずかに晴れ間が見えていました。髙橋シェフは早朝出発だったこともあり、車内ではほぼ眠っている様子でしたが、海が見えますよ、と声をかけると窓の外に目をやり一言、「波が高いですね」と発しました。

    その後氷見のワイナリーを訪ねて、いったん富山市へ。今回お届けするのは、その翌日、氷見漁港の取材の模様です。

    朝5時過ぎ、富山駅を出発して再び氷見へ。氷見線に乗り替えて窓の外を見ると、夜明け前の光で山脈のシルエットがくっきりと浮かび上がっていました。とくに雨晴駅近くの海岸は撮影スポットのようで、ところどころで日の出を待つ人たちの姿が見られました。

    円柱状に冷やし固めたオパリーヌ

    6時半すぎに氷見に着き、タクシーで氷見漁港へ。まだ日がのぼらない薄あかりの中、氷見漁協に勤めて30年超の吉野さんが出迎えてくれました。挨拶もそこそこに、漁港内に向かいます。吉野さんとは事前に電話でお話をしていたのですが、取材の許可をいただいて最初に言われたのが、「そうしましたら、長靴の用意をお願いします!」の言葉。長靴は生鮮品のセリが行われる場所で、ほぼ必須の装備です。場内用のキャップもお借りし、吉野さんについて消毒液のプールをざぶざぶと渡り、セリの行われるエリアに入りました。そこで1人、女性と合流しました。氷見市観光協会の奥村さんです。鮮やかなピンク色のダウン姿で、明るく「お手伝いします!」と言ってくれた彼女は、漁港に足しげく通っている様子でした。

    セリは小さな魚から始まり、漁港内で場所を次々に移動して、大きな魚へと移っていきます。到着したときは、まだ小さな魚のセリが行われている時間でした。セリを待つ魚たちのすぐ横には船着き場があり、11月末の冷え込みで、海面から煙が上がるように見える「気嵐(けあらし)」が発生していました。

    「昨日はすごく時化て、(魚の数がとても少なかったから)この時間にはもうセリは終わっていたんですよ」と吉野さん。

    そういえば、髙橋シェフが前日、氷見線から海を見て波が高いと言っていました。後から知ったのですが、吉野さんはそれを心配してか、編集部に電話をくださっていました。この日は運よく空も海もよい方向にころんでくれたようで、どうやら氷見を代表する魚、ブリも揚がっているようです。

    氷見では、ブリのほかにも季節ごとにとれる魚があります。この日に揚がっていたのはアジやサバ、スズキ、カワハギ、シイラなど。氷見では、シイラは時化の翌日に大漁になることで知られているそうです。

    円柱状に冷やし固めたオパリーヌ

    海に面する氷見の一番の産業は漁業で、付随する加工業も合わせると、全体のなかで大きな割合を占めるそうです。なかでもやはり有名なのはブリで、冬本番の寒さを迎える頃に脂を蓄えて身が締まり、その質やサイズなどをみて「ひみ寒ぶり」宣言が出されます。

    氷見のブリ漁は歴史が古く、仲卸の問屋さんには江戸時代から続く老舗もあります。その漁には定置網(※)が用いられてきました。

    近年、日本ではさまざまな魚種の漁獲量が減り、漁業関係者、消費者にとっても、厳しい状況と言われています。そうしたなか、定置網による漁は、魚の逃げる余地があり、資源をとりつくさない点が環境保全に適していると言われます。氷見では400年以上前からこの漁法を取り入れているそうです。それは氷見が真冬、前述のように脂ののったブリがちょうど南下してくる場所にあたり、その地理をいかした漁が行われてきた歴史でもあります。

    ※定置網漁…海中に網を固定しておき、それを引き上げる等の方法で、網の中に入った魚を漁獲する。

    「あっちにブリが並びますよ」奥村さんについていくと、ブルーのシートが敷かれていました。大きなコンテナが倒され、氷漬けにされたブリがシートをすべり、漁協の方がひとつずつ並べていきます。その様子を見ていると、奥村さんが言いました。「最初に、見た目に大きい順に並べて、それから重さをはかって、重い順に並べなおしていくんです。みなさん、簡単そうに持ち上げてますけど、あれ、相当重いですよ」

    円柱状に冷やし固めたオパリーヌ

    尾を持って運ばれるブリの身はとてもしなやかに見えます。氷見のブリは湾の定置網で揚げられると、そのまま船の底にある氷水につけられます。冬の冷たい海水からさらに冷やされ、ブリは自らも気づかないまま寒さで息絶えるそうです。そのため暴れることによるストレスがかからず、それが味のよさにつながるということでした。

    奥村さんの名刺を見ると、氷見市観光協会の職員さんで、漁港に勤務しているわけではないようでした。それでも、とても漁港のことに詳しい様子だったのでたずねると、「やっぱり、人ですね」と答えてくれました。職務の中で漁港の人たち、仲卸業者、漁協職員の方々と携わるうちに、彼らの生業に対する姿勢にひかれ、自らも漁港を深く知りたいと思うようになったそうです。

    セリに参加している方の中には、白髪のゆたかな女性もいました。それを奥村さんに言うと、「ええ、(この仕事は)経験だと思いますよ。どこで何をするのかも一回じゃ覚えられないですし(魚の並べ方に決まりがあり、セリの場所も漁港内でどんどん移動していく)」と返ってきました。そして、こうも言っていました。「仲買の方はひとりひとり、目利きが違うんですよ。県外のレストランなどから(ブリをなどの魚を)直接仕入れたいという問い合わせもあるようですが、まずはその人(仲買人)との信頼関係を築くのが大事だと思いますよ。実際に会って、お互いに、どんな魚がいいと考えているのかがわからないと、始まらないんじゃないかと思います」

    氷見と、たとえば東京では、ブリの食べられ方も違い、料理人さんによっても使い方はさまざまでしょう。とれたての弾力のある食感を楽しめるのは地元ならではでしょうし、氷見の料理人さんは新鮮さをいかしてブリの胃袋も料理するそうです。一方で今回同行した髙橋シェフは、熟成させて使ってみたい、と言っていました。

    円柱状に冷やし固めたオパリーヌ

    氷見漁港では、セリの行われる6時から8時はとくに真剣勝負の時間と、奥村さんに聞きました。この日は7時すぎから、数回に分けてブリのセリが行われました。仲買人は並べられたブリを事前に確認してからセリに臨みます。長い棒を持ったセリ人(漁協の職員さん)が重量の大きなブリから順に指して、仲買人の値段の提示をさばいていきます。セリ人は低くうなるように、でもテンポよく声を発し、素人の編集部員が聞いていると、何かの呪文のようです。セリ人と仲買人は、競られている魚に合わせて移動していきます。ひとつの場所でセリが終わると、別の場所に並べられた魚たちのセリへ。漁港内の毎日のルートにのって、スムーズに行われていきました。

    円柱状に冷やし固めたオパリーヌ

    8時すぎの電車に乗って帰途へ。「ひみ寒ぶり」宣言が出たのは、それから3日後のことでした。

     

    Fin. 吉野さん、奥村さん、氷見漁港の方々、髙橋シェフ、誠にありがとうございました。

    一般社団法人氷見市観光協会
    0766-74-5250

     

    取材後記

    始発の氷見線で、日の出にむかって、刻々と稜線がはっきりとしていく立山連峰から目がはなせませんでした。連峰は漁港から一望できました。前日に訪れた高台のワイナリーでも話にのぼり、あたりまえにそばにあり続けてきたものを、氷見の方々は意識せず誇りにしているように思えました。それは、氷見で揚がる魚に対してもおなじでした。氷見市観光協会の奥村さんは、漁港に通う理由をたずねると、「人ですね」と答えました。古くから地域を支える文化や産業を人がつなぎ、それは新しいものをうむ土壌になります。次回は氷見のワイナリーのお話をお届けする予定です。