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    Serial連載

    手島 純也連載 フランス古典料理

    Vol.1  フランス三大料理人の時代(1/2)

    1930年代から戦後にかけてフランスで活躍した、アレクサンドル・デュメーヌらの料理と時代について伺いました。

    PHOTO: MASAKO KAKIZAKI

    編集部――手島シェフ、撮影をありがとうございました。今回、「三大料理人(※)」の時代のお料理から、3品つくっていただきましたが、そもそも、この三大料理人が活躍したのは、どんな時代だったのでしょうか?

    ※三大料理人…アレクサンドル・デュメーヌ(Alexandre Dumaine 1895-1974)、フェルナン・ポワン(Fernand Point 1897-1955)、アンドレ・ピック(Andre pic 1893-1984)

    手島――おもに、1930年代からの20年余りです。ちなみに、その前はベルエポック(第一次世界大戦前の30年余り)。貴族や富裕層の文化がパリを中心に花開いた時代(※)で、1900年にミシュランガイドが創刊されて、エスコフィエ(ル・ギッド・キュリネール)の刊行が1904年。三大料理人が活躍したのは、それよりも後ということになります。

    ※芸術分野では、印象派の画家が活躍。

    彼らの時代は、パリではマキシムがあり、ラセーヌはまだないですが、ルカ・カルトン、トゥール・ダルジャンの前身の店などが存在しました。そうした中でも、三大料理人の店が人目を集めたのは、モータリゼーションの発達によるところが大きい。ルートA7号線(※)という道路があって、夏になると富裕層が車で南に下ってバカンスを過ごしたわけです。当時の車ですから、1日で到着というわけにはいかなかったでしょう。その途中で立ち寄ったのが、リヨン近郊のピラミッド(フェルナン・ポワン)であり、コートドール(アレクサンドル・デュメーヌ)であり、ピック(アンドレ・ピック)だったと。

    ※ルートA7…リヨン―マルセイユ間を結ぶフランスの自動車道路。

    この3つのレストランは、それぞれミシュランで三つ星もとっていて、当時フランスの中でトップクラスでした。ピラミッドは日本のフランス料理界でもメジャーな店ですが、それは、日本の料理人がフランス料理を知ろうとして読む本に、必ず出てきたからです。辻静雄さんの本ですね。

    当時、前の(第一次世界)大戦が終わって、フランスが伸びてくる……というか世界全体の景気が上向きになり始めていたところです。

    その先の話もすると、彼らの料理もずっと続いたわけではなくて、やっぱり重たい、頼るのは古来の料理法だけじゃない、料理って旧態然としたものではないよね、といって始まったのが、ポール・ボキューズをはじめとした、ヌーベルキュイジーヌ・フランセーズ。地方や、個性化などが重視され始めて。それでも、フランス料理の大枠からは外れていなかったと思いますが。それに、ゴエミヨというジャーナリストがのって、ジャーナリストが料理を先導するという時代にもなってきて。テレビや雑誌が発達して……まだインターネットは全然ない時代ですが、メディアの力もあってお客さんが集まるようになって。

    どう考えても、昔はこういう料理はお金持ちのための料理だったわけですが、フランスの場合は、ヨーロッパが地続きなこともあり、世界中から富裕層の顧客がくるんですよね。観光資源としての料理がとても大きいということを、フランスの国自体もよくわかっているし、料理人の地位が高いことも、それを物語っています。

    とくにかつての宮廷料理長は、「宮廷料理人ヴァテール」という映画をみるとわかりますが、料理人というよりも、貴族をもてなす政務係ですね。ある意味政治家の一種で、貴族や、海外からのさまざまな要人たちをもてなす人。料理単体ではなく、トータルコーディネーターです。

    ※エスコフィエ…オーギュスト・エスコフィエ。フランス宮廷料理を体系化し書籍『ル・ギッド・キュリネール』に著した人物。

    編集部――カレーム(※)もそんな感じだったのでしょうか。

    ※カレーム…アントナン・カレーム。19世紀の著名宮廷料理人

    手島――そうですね。そういう人たちは地位が高い。……美味しいものを作れるというのは、いつの時代にもある程度嘱望されていたのではないでしょうか。人間がきれいなものを好むのと同じで、単純な欲求。そういうことなのではないかと思います。

     

    つづきます