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    Serial連載

    手島 純也連載 フランス古典料理

    Vol.1  フランス三大料理人の時代(2/2)

    1930年代から戦後にかけてフランスで活躍した、アレクサンドル・デュメーヌらの料理と時代について伺いました。

    PHOTO: MASAKO KAKIZAKI

    編集部――今回作っていただいたパテアンクルートは、アレクサンドル・デュメーヌの本『MA CUISINE』をもとにしていますね。

    手島シェフは昔のルセットをたくさん読まれていると思うのですが、デュメーヌさんよりも前の時代と変わっていると思うところはありますか?

    手島――デュメーヌさんはけっこう省いています。さらに30年、50年前……エスコフィエが活躍したころに比べると。デュメーヌさんのルセットも今見たら味的に重いですが、その当時の50年前からしたら、軽くなって、簡素化もされていますよね。

    編集部――デュメーヌさんの、オレイエ・ド・ラ・ベル・オロール(※)のルセットとパテアンクルートのルセットでは、詳しさが違うのですがこれはなぜだと思いますか? パテアンクルートは配合が「たとえば」という風になっています。

    ※枕のような形に焼き上げたジビエのパイ包み。

    手島――ベル・オロールは「こういう材料です」とある程度決まっていて、パテアンクルートに関しては「自分の裁量でできます」ということだと思います。

    どちらもデュメーヌさんの時代より前からあったもので、恐らく、デュメーヌさんにとっての先輩たちがまだいらっしゃるわけですよね。そこを踏まえて、変えていいことと悪いことがあるということだと思います。ヌーヴェルキュイジーヌ前は、まだそこまで自由になっていないですしね。ただ、彼ら3人に関しては、その時代までと比べれば、かなり革新的なシェフだと思います。

    編集部――変えていくということでしょうか?

    手島――そうそう。簡素化もされて……フェルナン・ポワンに関して一番言われることは、簡素化です。ほかの2人も並び称されて、交流もものすごくあって、お互いが写っている写真もたくさん残っているし。互いに認め合っていたライバルでもあったのだと思います。

    編集部――昔の本は、数字(分量)が書いていないんですね。

    手島――ええ。ですからいろいろな文献を見て、そこから推測して今だったら構成をどうするかを考え、組み立てます。

    でもそれは、パテアンクルートに限らず、古典をやることの醍醐味だと思います。

    古典があって、でもそれに忠実に作っても、今、それだけでは意味はない。まず一回やってみる。そこからどうするか。それがクラシックを再現することの意義だと思うんです。100%同じことをやっても進化がないですし。

    もし、たとえばデュメーヌさんたちが生きていたとして、僕の料理を見て、(彼らの活躍した時代から)「50年以上もたってるのに、まだおまえそんなことやってるの」って、言うかもしれないし、もしくは、「これはフランス料理じゃない」と言うかもしれない。それはわからないけれども、時代がそれだけたっているというのを念頭におくとするなら、現代にそぐうべきだと思う。クラシックというものは、そこが大事だと思います。

    僕の料理を食べて、「古臭くない」と言ってもらえることがあります。それは僕の中では前と同じことをやっているわけではないから、それを感じていただけているのだと思います。ただ、モチーフはしっかりと明確なものがあって、大枠のフランス料理から外れることはないですし、崩すつもりもありません。香りも。

    もしかしたら、今日みたいなパテの中に、たとえば生姜を入れたら、日本人に食べやすくなるのかもしれない。でも、そういうことをするつもりは全くありません。

    クラシックの美味しさは、膨大なお金と時間と労力をかけて磨かれて残った「美味しい」の結晶です。それが、時とともに食べ手が変わり、料理に対する要望が変わって、今があります。もちろん自分の考えが100%正しいとは思っていませんし、すべての人に当てはまることだとも思っていないです。でも、若い料理人、今勉強している人たちに、歴史があって今があることを知ってほしいんです。

     

    fin.