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    Serial連載

    連載インタビュー料理人と素材

    Vol.1  浅草オマージュ 荒井昇シェフ vol.2

    素材と料理について、シェフにお話を伺う連載です。

    編集部――南フランスのお店で、相当衝撃を受けられたんですね。

    荒井――そうですね。南フランスへの憧れがすごく強かったのと、イタリア料理をやっていたというのもあって。ニースとか、あのあたりにかけては昔イタリア領だったところですよね。僕にとってはイタリア料理をやったというのは、自分の中の転機だったかもしれません。それまではオリーブオイルの使い方も知らなかったくらいでしたから。

    編集部――イタリア料理に触れたことで、食材へのアプローチは変わったりしたのでしょうか?

     

    過去の経験が今に結びついて生きてくる

    荒井――正直、その当時はあんまりよくわかっていなくて、アルデンテって何なのかもよくわからなかったですけど、スパゲッティとか、本当に美味しいなと思いました。シェフが食材を追求する方でしたが、その当時されていたことは、今振り返るとかなり繊細にいろいろな食材の個性をかぎ分けていたのかなと思います。

    でも、当時何気ないように見えたことって、本当に何気なくされているようにしか思っていなかったので。たとえば魚も、ちょっと切って塩とオリーブオイルだけで食べるとか、「何食べてるのかな」くらいにしか思っていなかったんですけど(笑)。でも今考えると、相当、食材に対して敏感なんだなというのは感じます。

    オリーブオイルのテイスティングも、正直、その当時はよくわからないわけですよ。いろいろな種類があって、たしかに味が違うのはわかるのですが、リグーリアが何に合う、トスカーナは何に合うと言われても、それが本当に合っているのかもよくわからない。当時はそういうものが何にも結びついていなくて、知識として残るだけで、実感は何もなかったですね。

    だけど、その当時のことを紐解いて、今に生かすことはすごく多い気がします。ベースになっているというか。その頃に得た知識と、自分の行動がリンクするときに初めてわかるという感じで。

    編集部――無意識に結びついていることもあるかもしれないですね。

    荒井――ええ。あと、イタリア料理って、けっこう、野菜だけの料理、多いじゃないですか? アンティパストで、たとえばブロッコリーとかに、焦がしニンニクにアンチョビとか。

    編集部――青菜も炒めただけとか。

    荒井――そうそう、本当に炒めただけのものにオリーブオイルをかけて出すとか、すっごい美味しい菜の花を焦げるように焼きつけてオリーブオイルをかけただけとか。けっこう、衝撃的なわけですよ、そういうのって。「いいのかな、こんなの」みたいな。フランス料理をやっている人間って、手をかけることしか習っていないから。

    編集部――そういう文化のお料理ですものね。

    荒井――ええ。だから、シンプルなアプローチに、カルチャーショックに近いものがあって。「えっ!?」ていう。でも、そういうのは新鮮で、美味しかったですし、本当に食材のよさを感じるというか。

    もちろん、そこで葛藤があるんですけど。「これでいいのかな」といった。だけど、そういう食材に対するアプローチに触れられたというのはよかったですね。すごく刺激的でした。今振り返るとですけどね。……何気ない、ソーセージとグリーンピースのパスタがすごく美味しかったり。たぶん自分で好んで食べる組み合わせではないんですけど、たまたま賄いで出てきて、食べるとすっごくうまいわけですよ。そういうのがショックで、本当に無知だったなと。

    編集部――おそらく、その時のご自身の中にはないものだったんですね。

    荒井――ない。まったくないものですね。

    編集部――すごく幸せな出会いですね。

    荒井――そう思います。だから、固定概念だけで考えるのはすごく危険なことだなと思います。

    編集部――そうですね。気をつけます(笑)。

    ところで、野菜料理を作りたいと思ったのは、いつごろだったのですか?

    荒井――南フランスの店と出会ったのが25歳だったので、その頃からですね。

    編集部――ではずっとそう考えていたのでしょうか?

    荒井――いえいえ、もう少しあとで、日本に帰ってきてからです。

    もともと野菜料理に関しては、90年代前半くらいから、上の世代の方でしたが、有機野菜を仕入れてそれを主役にした料理をされている方もいらっしゃって。情報としてそういうものがあることを知ってはいました。ただ、なかなか、そういうお店で働かない限り触れる機会がなかったですし、90年代というと、フランスの料理を再現することに価値があった時代だったと思いますし、その中で個性を出していく料理人の方が、まだまだ少なかったのではないかと思います。そういう意味では、やや異ジャンルに感じた気はしますね。実際食べてみても、ほうれん草をソテーしたときに出てきたジュースが魚のソース、といった言い方をされるから、それもすごくショッキングなわけですよ。だけどそれが、すごく美味しくて。

    ……でも、美味しいけど、それが理解できていたかというと、やっぱりわからないことでした。当時まだ本物も知らなければ、修業の途中でしたし、どうしても、「フランス」というもののフィルターを通っていないものは、なんとなく受け入れにくい部分があった気がするんですよね。

    編集部――そうだったんですね。

    荒井――フランス料理と言われれば納得できるけど、いまいちよくわかっていないというか。だけどそれが衝撃的に変わったのは、フランスに行って、実際に、野菜だけの料理を提供しているのを見たときに、はじめて納得できたというか。ああ、こういう店もあるんだって。

    南フランスのそのお店は、田舎の料理を洗練させて提供するようなお店だったので、花つきズッキーニだけの前菜とか、リゾットとかもメニューにありました。野菜だけで作ったブイヤベースとか。

    編集部――へえ!

    荒井――ベースも、魚介じゃなくて野菜だけでとっているブイヤベースなんですよね。ブイヤベース・レギュームという名前で提供していて。そういうのが刺激的でしたし、面白かったし、すごいなっていうのが、今でも強く印象に残っています。それが自分にとっては転機になりました。

     

    食材の魅力を引き出すことに価値を求めて

    その2年後くらいには自分でお店を始めていたので、南フランスで習った、アスパラとソラマメの煮込みを前菜に出したりとか。それが、感度のいい食べ歩いている方には響く料理だったようで。高級食材に飽きている人から、よい料理だという反応をいただいたときに、自分でも手ごたえを感じて。野菜だけで……なんて言うんでしょうね……高級食材がどうこうではなくて、高いとか安いとかいうよりも、その食材の魅力をどう出していくかが重要なのかなと。

    たかがソラマメ、たかがアスパラなんですが、でも、それで喜んでくれるお客さんがいたり、今日作ったトマトも、全部(コースを)食べ終わった後に「おかわりしたい」って言ってくれる人がいたりすると、どの料理を褒められるよりも嬉しいというか。

    それに、みんなが知っているトマトの、みんなが知らない側面を見せてあげることができるって、やっぱり、料理人にしかできないことなんじゃないかなって思うというか、そういうことにとても魅力を感じるといいますかね。やりがいを感じます。

     

    編集部――素材の新しい側面を見せていくという点で、今、料理のジャンルがボーダレスになってきてはいますが、荒井シェフのベースにはフランス料理があるのかな、と思います。たとえば、今回のお料理のアプローチで、素材を生かしていきたい、でもフランス料理的な要素を入れるには、というせめぎあいのようなものはありましたか?

    荒井――いや、正直、本当にとくになくて、今は味を構築するときに、フランス料理に、という気持ちもそんなにないです。逆に言うと、別にそれがフランス料理(らしい味)であってもいいと思っていますし、これが違うよねと言われても何とも思わないです。

    編集部――そうなんですね。

    荒井――そうでないと、広がりが出てこないというか。自分で自分を拘束してしまうことになってしまうので。そこはできるだけ解き放ってあげるというか、自由度をつけるようにしているというのはあるかもしれませんね。

    結局は、美味しいと思ってもらえているのか、とか、その料理が魅力のある、価値のあるものになっているかということのほうが、すごく大事だと今は思っています。

     

    自分のやってきたことを素直に受けとめて進む

    でも本当に、こっちに移転してきたばかりの頃は、フランス料理に固執していた部分が強かったと思います。だけど自分の場合は、そこにすごく限界を感じてしまって、9年前に旅に出たときが本当に分岐点になっているので(※)。フランス料理に固執することから離れていかないと、自分の先はないのかなという危機感を持った時期でした。まあ、そこから抜けるまでが大変なんですけど。

    ※荒井シェフはご自身の料理について行き詰まった時期に、思い立ったように海外に旅に出ています。このお話は別の機会に。

    編集部――気づいてからですか?

    荒井――そうですね。そういうふうに(フランス料理をベースに)何年も考えながらやってきているから、おいそれと抜けないわけです。その葛藤がけっこうしんどくて。そうしているうちに、そう考えること自体がおかしな感じになってくるんです。もっとナチュラルに考えればよかったものを、しゃにむにフランス料理色を消すにはどうしたらいいかとか考えるわけですよ(苦笑)。

    でも、もっと自然であっていいわけじゃないですか? それがフランス料理であってもいいだろうし。そう思えるまでに、かなり時間がかかっています。けっこう、否定だけし続けてしまうというか。そうすると、自分のやってきたものまで全部否定することになってしまうのですが、でも自分はフランス料理をずっと習ってきたし、そのベース、背景は変わらないんです。それは素直に受けとめてやっていくことのほうが大事なのかなとは思いました。提供するものがフランス料理かというのは、また別の話です。

    編集部――トマトのお料理が、フォワグラを抜いたものに変わっていったというのも、その葛藤なんでしょうか。

    荒井――ああ…それもあるのかなあ……でも、やっぱり、料理を整理しなければいけない時期だったんだと思います。考え方的に、トリュフ、フォワグラ、キャビアに価値を見出していた部分もあるし、そういうものを使いたいと思いながらやっていた部分もありますし。でも、そういうことではなくて、もっと、料理の魅力って何なのかなっていうところにアプローチしていきたいというか。

    なんて言うんでしょう……。「ここでトマトなんだ!」みたいな。それなりの価格のコースでトマトの料理を出すのは、かなり勇気のいることです。でも、このかけひきはセンスを必要とすることだと思っていて、それができるかできないかは、たぶんすごく自分にとっては重要な視点で。たとえば「コースを2万円にするために使う食材」とかではなくて、「料理人の技量とか、センスで勝負をしたいから、トマト」なわけですよ。

     

    vol.3 に続きます