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    Serial連載

    川手 寛康連載インタビュー Portrait

    Vol.5  2016年9月 アジアのシェフとの交流 (2/3)

    神宮前「フロリレージュ」のシェフ川手寛康さんに、国内外でのご自身の活動について、編集部が伺ったお話を中心にお届けする連載です。

    台湾、韓国、シンガポール、フィリピンなど、アジアのさまざまな国で精力的にコラボレーションイベントを行った2016年。そのひとつ、韓国のレストラン「Mingles(ミングルス)」とのイベントのお話を中心に伺いました。

    「世界とつながっている」感覚を持たせる環境

    ――韓国のレストラン文化に対しては、どのような印象をお持ちですか?

    勢いがあります。

    日本は、2020年のオリンピックまでは登っていくかもしれません。でも、その後、ファインダイニングで生き残るレストランは、ほんの一握りではないかと予想しています。世界で台頭するファインダイニングが何軒出てくるかと言ったら、韓国や台湾などのようにたくさんは出てこないのではないかと。

    彼らの勢いは一日二日で作れるものではない。5年後、10年後、20年後を考えてやっていると感じます。

    ――その姿勢はどこからうまれるのでしょうか。

    自分は世界につながっている、という考えの違いだと思います。境界線がないんです。

    たとえば、今度、フィリピン出身の料理人がうちで働くのですが、台湾のRAWで働いていて、コラボレーションのときに僕のアシスタントをしてくれていた人です。

    彼がRAWを上がり、フィリピンの有名なレストランに戻るのですが、その前に1週間研修をしたいと時間をとって、研修先にうちを選んだ。ということは、彼らはどこでも研修先として選べる。世界中どこのレストランでも、選択肢になる感覚を持っている。

    ――そうした感覚を持つのは、なぜだと思いますか? ものごとの見方が違うなど、でしょうか。

    日本人は、見るもの=日本の中のもの、のことが多いように感じます。彼らは、見るもの=世界です。興味をもつもの=世界です。自分の国ももちろん興味の中に入っていますが、世界にもつながっているんです。それって大きな違いだと思いませんか?

    スポーツマンだったら、常に世界と戦おうと思っている選手と、そうでない選手は、10年後、違ってきます。そうさせるものが、彼ら(たとえば前述のフィリピンや韓国の料理人たち)は常に近くにあり、若い時からそれを感じられる。集まる多国籍の仲間がいて、それがちらばっていく。レストランも、その繰り返しだと、僕は思います。

    守るだけが守ることに通じない

    ――日本と海外で、そうした違いがあるのはなぜだと思いますか?

    日本はもともと鎖国的なところがある。それはそれで、独自性を守るという面もあります。でも、本当はそれっていいことなのか? 僕にはわからないです。それは、多国籍になったって守れるんじゃないかって思って。フランスだってあんなに多国籍なのに、プライドをもっているから「フランス料理」は絶対的なものとしてありますし、クラシックなお店が、絶対的にありますし。

    (それを日本の食文化に置き換えたとき、)もし、これまでの日本(が守ってきたもの)が崩れたら、本当に和食ってなくなるのかなって。僕はそうじゃない気がして。むしろ、多国籍になればなるほど、確立していけるんじゃないかと、僕は思う。そのほうが進化できるんじゃないかって。

    守るだけが守ることに通じない。何が作用してこういう違いにつながっているのか、僕には分からないけど、海外に出て一番得たことがそこですね。考え方が、スタートが全然違う。どこのレストランもそうです。海外で自分が行ったところは。そして、多国籍です。ただ、国によっては働くことに厳しく、現状はレストランで外国の人を受け入れるのが難しい状況にあるところも多いです。現場の人の協力が不可欠で、それを得てもけっこう大変です。

     

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