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    Serial連載

    川手 寛康連載インタビュー Portrait

    Vol.4  2016年8月 アジア・ワールド50 (2/3)

    神宮前「フロリレージュ」のシェフ川手寛康さんに、国内外でのご自身のさまざまな活動について、編集部が伺ったお話を中心にお届けする連載です。

    第4回は、2016年、フロリレージュが「アジアのベストレストラン50」(※)で「注目のレストラン賞」を受賞した年の、8月のインタビュー内容です。

    ※飲料メーカー「サンペレグリノ」等によるレストランを対象としたアワード。

    海外のコラボレーションで得るもの

    ――海外シェフとのコラボレーションはどんなきっかけで?

    たいがい、シェフが食べに来てくれてます。食べに来て、一緒に仕事したいねっていうところから始まります。もちろん、僕は料理人でありながら社長なので、経営的な要素は含んでますけれど、相手に興味を持っているということや、料理人の興味として、彼らと仕事をしたいっていうのも嘘じゃない。

     

    ――では、興味以外の部分と言うと?

    経営者の面からいうと、海外の人に食べてもらえるチャンスを得られるというのが大きい。一歩踏み出してもらえるじゃないですか。海外で仕事をして、戻ってくると、行った土地の方から予約が入ることもありますし。海外の方に興味をもってもらえるっていうことは、ワールド50でも審査してもらえる対象が増えるということでもあると思いますし。

     

    ――コラボレーションする相手のシェフにとっては?

    僕が相手の店に行くだけではなく、相手も僕の店に来て、コラボレーションをします。お互いさまというか。僕は来月ベルギーでフェアをするのですが、今度は11月に、そのベルギーのシェフ(「ヘルトンヤン」のゲルト氏)が来る。(以前コラボレーションをしに行った)台湾のRAWも12月に来ます。

    やっぱり、そういう、各国を代表する方たちに声をかけてもらえるって、これ以上ないことだと思うし、海外での仕事ってみんなが出来ることでもないと思う。自分に与えられたチャンスがあるなら、それをしっかりと大事にしていくのは当たり前のような気がしますけど。海外でばっかりやって、なんて言われることもありますけど、でも、じゃあなんで(若いときに)お金払ってまで海外に武者修行くのか。それと近いような気がする、と僕は思っています。

     

    ――それぞれの場所で、これが収穫になった、ということは?

    やっぱりつながりですよ。シェフ同士のつながりはもちろんですけど、うちの二番とあちらの二番がつながりをもつのも、僕にとっては、とても宝(になること)だと思う。僕だけの宝じゃない。いろんなもののつながり。生産者、お客さん……いろいろなつながりが生まれる。お金うんぬんよりも、そういったことが重要だと思います。

     

    ――スタッフさん同士のつながりが日々の営業に還元されますか?

    モチベーションという部分ですごく重要ですよね。つねに、自分が世界のうちのひとりとして見られる。

     

    ――それはシェフとしてではなくても?

    もてるチャンスだし、もったほうがいいと思う。……もちろん、日本をないがしろにしているわけではないです。でも、日本を中心に考えるのか、世界を中心に考えるのかって、同じくらい重要だと思うし、日本を中心にしない人がいて当たり前だと思っています。役割分担じゃないですか、シェフたちって。日本っていうものを表現する役割。たとえば、日本のお客さんを中心に考えるお店があるのがひとつ。一方で僕はなんとなく、海外のシェフたちと、民間での交流がはかれるっていうのは自分の役割かなと。それが、いつまでもずっとかは、わからないですけど。今現状は、そういう役割かと。一年前の自分と今の自分は、考えが大きく違っています。でも、結局それがなぜ変わったかと言えば、いろいろな人のつながりと言葉から変わっていっている。出会いがあるから、自分が変われる。

     

    ――変われたと思う言葉や行動をあげるとしたら?

    小さく考えなくなりましたね。やっぱり、前のお店は日本人のためにやっていたので。その時はそう思っていないんですけど、今考えれば。日本では、いろいろな言葉があるじゃないですか。たとえば、「コスパ」だったり。他にも、海外の影響を強く受けるのが日本人だったり、グルメサイトの評価にすごく意識を払わなければならなかったり、国内での強いものに巻かれなくてはいけない雰囲気だったり、いろいろな特色が日本ってあると思うんですけど。

    でも、今は正直、全くそういうことを考えないです。日本人に喜んでもらえるのが1だとしたら、海外の人に喜んでもらえるのも1と捉えられる。昔は、日本人に喜んでもらえることで僕が受ける印象が1だとしたら、海外の人に喜んでもらえるのが0.5、くらいの、自分の中の幅感だったんです。でも、それが、日本人でも、海外の人でも、1。イコールになっている。それって意外と、すごく重要。

    ひとつひとつ階段をのぼって見えるもの

    ――それを感じたタイミングというのはあるんですか?

    いや、僕は突然成長するタイプではないんで。常日頃……自分の考え方のひとつなんですけど、突然大きな夢見たりしないんです。自分の階段を上がったときに、次のステージがやっと現れる。僕が昔からすごく有名なシェフになりたかったかといえば、そうではない。まずは日本国内でなんとなく知ってもらえるレストランを作る。その次は、東京で満席にできるレストラン。その次は東京で一番のお店。その次は関東、次は日本、次は世界…本当に、ひとつひとつの階段でしかない。突然ガラッと変わることは、僕の中ではない。

     

    ――ひとつずつ、見えたことが近づいてくる感じですか?

    そう。クリアしたら次、クリアしたら次。料理人になったときから……もしかしたら、子供のころからかも。昔から、大きな夢なんて何も描かなくて、ただ料理人になるとしか思っていなかった。でもだからと言って、料理人として失敗するとはまったく思っていませんでした。逆を言えば。

     

    ――そっちしか向いていなかったんですね。

    だから、それはある意味、大きな目標なのかもしれないですけど、失敗をするイメージはまったくなかったですね。ガキのときから、料理人として、どんな成功例なのかはわからないけど、この商売でやっていけるっていう意味のわからない自信のもとでやっています。

     

    ――選択肢の中から選ぶ、ということはない?

    選択肢って、ないです。むしろ、ずっと「これやんなきゃいけない」っていう課題が目の前に置かれていて、がんばってやって、次ください。みたいな(笑)。だから、「あの仕事をやるためには」とか「あそこを目標に」とか考えないです。本当に目の前のこと。あんまり夢を語らないです。だから、今、「夢はなんですか」って聞かれても、本当に現実の話しかできない。

    今は、海外に出る窓口ができてきたので、もちろんアジアの人たちにはまず知ってもらいたい。あとは、ヨーロッパで仕事をしていきたいなって。やっぱり憧れの地なので、フランスは。もう一回自分で、フランスで何か……仕事なのか、フェアなのか……何かしら、ヨーロッパっていうものをもう一回感じたいなと思っています。あれだけ憧れてフランスに渡って……一年半でしたけど。もう一回。アジアはもちろんいいんですけど、いつかはヨーロッパ。

     

    ――フランス料理の本場、でしょうか?

    フランス料理って、フランスだけじゃなくてスペイン、イタリア、イギリス、ベルギー、全部含めた料理なんですよ。フランスに執着心があるわけではなく、ヨーロッパっていうものに憧れがある。

     

    ――それは料理人さんを志した時から?

    フランスにわたろうと思ったのも、やっぱり自分の基礎ができあがってからですね。「日本だったらどうにかやっていけるな。次はフランス」って思えるような、ひとつひとつのステップです。「フランスに渡って名をはせて……」なんて思ったことはない。意外と現実主義者ですよ。賭け事も嫌いだし。時間の無駄。

     

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