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    Serial連載

    小林 寛司La vita di naturale 日々をつむぐ料理

    Vol.5  秋茄子

    前回、前々回でお届けした記事は、昨年(2017年)の9月のこと。編集部は今年(2018年)の9月も、アイーダに行ってきました。台風21号が去った後、和歌山・岩出の天気予報はずっと雨でしたが、一瞬の晴れ間に稲刈りを済ませた小林シェフ。編集部が訪ねたのは、その数日後のことです。

    その日は、雨がふったりやんだりしていました。とても雲が厚く、いつもは光がきれいに入るアイーダのサロン(応接室)も、ランチ後の時間ですでに日暮れ前のようでした。まかないを食べ終えると、小林シェフは「外をひとまわりしますか」と声をかけてくれました。

    • お店の横には、畑用の道具置き場があります。前の週にシェフから送られてきた画像では全て台風で吹き飛ばされていましたが、きれいに直っていました。少し見回した限り、畑やお店のまわりも、大部分は速やかに修復されたようでした。小林シェフは、「前よりきれいになりました!」と言いました。

    • お店から少し離れた畑へ。写真右の建物の手前にはハウスが一棟あったのですが、野菜ごとすっかりなくなっています。ハウスの骨組が曲がり、台風の翌々日に撤去したようです。「業者さんの仕事が早くて助かります。ハウス、建て直すのは痛いけど、もっと大変な話も聞いたりして……。それ聞いたら、うちはまだいいほうなんやって思って(小林シェフ)」

    • ビニールのかかっていないハウスは破損を免れ、そこに植わっていた枝豆も無事でした。葉をかき分け、「小さいのができてきました」と小林シェフ。シェフはこの枝豆が大好きなようで、実り始めているのがうれしそうでした。

    • ビニールに受けた風圧でゆがんだ、別のハウスです。ビニールは外されていました。畑の端に生えた葉を指して、「ニンジンはたぶん大丈夫」と小林シェフ。「フェンネルもたぶん、こぼれた種でかってに生えてくると思う」 去年の秋にいたるところに植えられたフェンネルは、春になってもそのまま残され、夏には花を咲かせていました。その種のことだと思われます。

    • 「木、倒れたの見ました?」そう言われてお店の正面にまわると、背の高い木が斜めになり、屋根に寄りかかっていました。木は庭に何本か生えていますが、1本は完全に倒れてしまったそうで、切って丸太にしたものが積まれていました。シェフは、これで薪焼きパーティーができます、と笑いました。

    • お店の横の広い畑には、一部にポワローとズイキが植わり、あとはまっさらな畝になっていました。すみには引き抜いた野菜が積まれています。「オクラ、抜くのめっちゃ大変だったんですよー」と、マダムの有巳さん。8月に見たときは、大人の背丈よりも高くのびていたオクラ。土の上に見えているのと同じ分、根をはるのだそうです。他にもいろいろと種をまき始めていたのに、と思ったのですが、有巳さんは「まあでも、ちょうど植え替えの時期ですからねえ」と穏やかでした。

    • 積まれたナスの枝を見て、小林シェフの声のトーンが少し変わったように思いました。「ナスは抜くの、勇気がいった。毎年、『秋の茄子最強』って思ってたんですよ。(端境で野菜が少ないこの時期に毎年ナスはあり、いろいろと料理をしながら次の季節のメニューに移っていっていたが、)今年はまだメニューができてなかったから……。でも、もうメニューできたから、大丈夫。なんか、すっきりしました」

    • ディナーの時間になると、小林シェフはいつも通り営業準備を始めました。

    • 前菜の根菜料理。仕上げに牛脂をかけていきます。「夏野菜はオリーブオイルがいいけど、根菜とか秋冬の野菜は、動物性の油が合う気がします。たぶん、人の体もそうなってる。寒くなってくると欲しくなる」シェフは他にも、豚、鳥の脂を溶かしたものを用意して、調味料のように使っていました。

    • 「これ、レモンも風で落ちちゃいました。(イタリアの)アマルフィレモンみたいに大きくしたかったんですけどね」と小林シェフ。お店の玄関にある、鉢の木になったものです。スーパーで見かけるものよりも大きくなるのは、そういう品種だそう。後日シェフのインスタグラムを見ると、料理に「緑レモン」とありました。これが使われたのかなと思いました。

    • パスタはジャガイモとパン粉のペンネでした。ローズマリーの香りです。

    • 魚料理は、アユとドライ野菜。「この時期は毎年乾きもの(乾燥保存した野菜)です。あと、貯蔵したジャガイモと、できてくる根菜(小林シェフ)」「ジャガイモのパスタは、イタリアにもこういう料理があるんですか?(編集部員)」「ありますね、パン粉を使った。『貧しい料理』ですね。そういえば、毎年この時期はこのパスタを作っています(小林シェフ)」「その素材がこの時期に、お店にあるからですかね(編集部員)」「そうですね(小林シェフ)」

    肉料理が出終わり、火元をきれいに掃除して、この日は早めに店じまいしました。

    円柱状に冷やし固めたオパリーヌ

    翌朝は薄く雲がかかり、ときおり晴れる空模様。夏に戻ったように、空気は少し蒸していました。ランチの前、小林シェフは、テーブルに置くオブジェを取りに近所の古民家に行きました。昔ながらの風通しのよい家で、シェフのお母さんが作った陶芸の器などが置いてあります。台風で屋根が飛んだようでしたが、シェフとスタッフさんの手で修理が済んでいました。外には、ハウスから運び出された野菜の新芽がありました。

    • 「ちょうど今、籾(もみ)すりをしてますよ」田んぼの隣の小屋に、小林シェフのお父さんと近所の方が集まって作業をしていました。上の写真は、脱穀機を通った籾殻つきのお米。これが籾すり機を通って玄米になり、袋に詰められていきます。「1袋30㎏」と小林シェフが言いました。流通の慣習のようで、2袋で1俵です。

    • 米と分けられた籾は小屋の外に飛ばされ、山になります。去年小林シェフが、畑の土にかぶせていた籾です。干した稲わらも、畑の保温や(光を遮るため)雑草の防止に使えるので、近所の人に分けるのだそうです。

    • お店に戻ったシェフは、「ずっと同じなのはイヤ。変えなくちゃ」と言いながら、テーブルにオブジェを置いて、ミニサイズの鉢を外しました。

    ランチの準備が始まります。

    • 前菜に使うコッパ(豚頭の煮こごり)。野菜料理のソースのような感じで、シェフの料理にときどき使われています。この豚は、新潟の生産者さんのものだそうです。シェフでは和歌山産の素材を中心に使っていますが、そこにこだわりすぎずに、自分と考えの合う生産者さんであることを大切にしているようでした。

    • 色のきれいなタイエシャロット。小川農園のものです。

    • 有巳さんはこの日予約のお客さんから電話があり、何かメモをしています。

    • お客さんからの電話は、体質に合わない素材についてだったようです。ある科の植物全般がダメなようで、急いでリストアップします。

    • 今日もパスタはジャガイモです。

    • 中庭のオリーブ。「オリーブも、風でたくさん落ちちゃった。今年は少ない。どうしよ」とシェフ。小川さんのところでもオリーブを作っていますよね? と聞くと、「作ってるけど、どうですかね。小川さんのところも大変です。(関西で農業をやっているところは)どこも大変」と返ってきました。

    • 畑のポワロー。小林シェフは前日、北海道からもポワローを仕入れていました。北海道も地震後の復興の只中。被災地支援のひとつの方法という考えのようでした。

    • ポワローはイカと合わせて一皿に。これは毎年の組み合わせだそうです。

    • 新サツマイモなどの根菜を、ココットで蒸します。

    • プラック(鉄板)の上に、テーブルの数だけココットが並びます。小林シェフはときどき蓋をあけて野菜の様子を見て、火が通っていないと「まだ!」と小さく叫んですぐに蓋をしていました。

    • パスタのジャガイモは、ときどき潰していました。オイルをよく吸わせるためだそうです。

    • 有巳さんは、お皿に足りない素材がないか確認します。

    営業用の料理を作りながら、小林シェフはまかないも作っていきました。

    • まかないです。ここにもジャガイモ。

    • 栗ごはん。まかないです。

    • 茶碗蒸しをスチームオーブンへ。これもまかないです。

    • デザートはタピオカと梨の、フレーバーティーポンチ。これもまかない。

    • ジャガイモの他にも、小鉢がいろいろ。「最近まかない頑張ってるんですよ」とシェフ。

    • ごはんの炊き上がりまであと10分。

    • ボウルにあけてざっくり混ぜて、急いで茶碗によそいます。

    • シェフは「何品? 1、2、3、4…5! よく作った!」と言って、ごはんが冷めないうちに食べ始めました。

    この日のまかないは栗ごはんと、野菜中心のおかずの和定食。「季節のもの、食べたほうがいいですよ」炊き上がったご飯をよそいながら、小林シェフは言いました。

    小鉢はジャガイモと豆とネギのサラダ、しゃきしゃきの根菜を後から入れて和えたヒジキの煮物、おでん(大根とジャガイモ)のリメイクサラダ。「カレー以外におでんの行く末があるんやなあ」と有巳さんが言うと、シェフは「腕、腕」と言いました。他に、表面を香ばしく焼いた油揚げと、大粒の梅干がのった茶碗蒸しも。梅干は調味した和だしで軽く温めてあり、そのだしも茶碗蒸しの上に流してありました。有巳さんが「茶碗蒸しに対して梅干大きすぎやん。なんで1粒丸々にしたの」と聞くと、小林シェフは「かわいいから」と答えました。茶碗蒸しはとろとろで、汁物の代わりのようでした。

    円柱状に冷やし固めたオパリーヌ

    夕方外に出ると、朝よりも湿度が下がっていました。お店の裏口では小林シェフが座り込んでいます。

    何をしてるんですか? と聞くと、シェフは「土をほぐしてるんです」と言って片手で土を掴み、持ち上げて手のひらと指をすり合わせました。細かくなった土がパラパラとこぼれていきます。

    「明日は畑できるかな。最近ずっとこんな天気。予報はずっと雨とか曇りだけど、今日は晴れてますね(小林シェフ)」 続いた雨で、畑の土はボコボコとした大きな塊になっています。小林シェフは、早く畑を耕したくてしょうがないように見えました(時期的な気持ちの逸りもあると思われますが、シェフは耕運機で土を耕すこと自体が好きなようです)。

    円柱状に冷やし固めたオパリーヌ

    お店に戻ると、有巳さんがテーブルの準備をしていました。クロスに霧吹きをしてアイロンをかけ、ナフキンをたたみ、グラスやパン皿をセットしていきます。この日、お店の中はとても明るく、グラスがきらきらとしていました。

    Fin.